『アルシャード』との出会い
「ラリー・エルモアは僕の神だった。」
RPGマガジンの誌上でゲームデザイナーの井上純弌氏がそう語るのを読み、僕はこの人は信用できる人だと確信していました。
ラリー・エルモアは『D&D』のパッケージを担当したイラストレーターで、『ドラゴンランス戦記』の各種イラストも担当していた人です。僕も大好きなイラストレーターでしたので、同じものが好きな井上純弌氏の作るTRPGならば当然、僕の好みにハマるだろうと思っていました。
しかし、RPGマガジンで井上純弌氏が活躍していた頃の僕は貧乏大学生の身分だったので、『天羅万象』『天羅万象・零』が発売されても購入するには至りませんでした。
お金が苦しいのもありましたが、当時は『ガンダムRPG』のキャンペーンの最中でしたし、友人たちが少し癖のありそうな『天羅』に付き合ってくれるかどうかに一抹の不安もあったからです(雑誌を見せてプレゼンしたのですが、誰も食いつきませんでした…)。
当時の友人たちが『ウォーハンマー』にあまりノリノリになってくれなかったトラウマも、新しいゲームの購入にブレーキをかけました。
そこから数年、サラリーマンになって自由にできるお金が増え始めた僕は『セブンフォートレスアドバンスト』をよく遊んでいたのですが、「これだ!!!」と思えるTRPGを井上純弌氏が作ってくれました。
それが『アルシャード』です。
『アルシャード』で気づいたこと
『セブンフォートレス』の菊池たけし氏を「2D6アドバイザー」に迎えた『アルシャード』は、スタンダードRPGをコンセプトにし、万人受けを狙ってデザインされた野心作です。
「セッションを事故で台無しにしないこと」「だらだらと時間を浪費しないこと」と言葉にすると簡単ですが、ここに切り込んだのは画期的なことだと思いました。
僕のような古いゲームユーザーは、「ライブ感」と「自由度」こそがTRPGの最大の魅力だと思い込んでいたからです。
「ライブ感」は「ハプニングと事故」に、「自由度」は「時間の浪費」にダイレクトに繋がる部分ですが、それでもTRPGならではの面白い部分だと思っています。
予測できない、コントロールできない状況に飲み込まれている高揚感はゲームへの没入感を生み、それは強い中毒性を持っています。
『D&D』がアメリカで流行し始めた頃、その中毒性が危険視されたわけですが、やはりその中毒性こそがTRPGの最大の魅力の一つだと思います。
「ライブ感」も「自由度」も削りすぎずに、「事故が起こり辛く」「時間を浪費しない」システムというのは簡単に作り得るものではないということです。
それでも井上純弌氏はライブ感と自由度に敢えてメスを入れて、遊びやすさを追求しました。その結果、『アルシャード』はその頃の最先端のゲームシステムを融合、進化させて作られた、まさに新時代のスタンダードなゲームの一つになったのです。
「シーン制」「ハンドアウト」「奇跡」、この三つのルールがプレイヤーに与えられたことで、プレイヤーの平等性が大幅に高まり、GMもシナリオをコントロールし易くなりました。
1回のセッションを2~3時間くらいで終えられるようになり、かつ遊んだという満足感もしっかり得られる画期的なTRPGでした。
参加者各人が好きなように動き出しかねない危険な自由度や、極端なダイス目で取り返しのつかない結果が生まれる危険なバランスが面白いと思っていた僕は、参加者全員で平等に物語を共有することもやはり、TRPGの大きな魅力であると改めて気づかせてもらいました。
『アルシャード』の世界観
システム自体は、どれも『アルシャード』が原点と言う訳ではありません。『TORG』『トーキョーNOVA』『ブレイド・オブ・アルカナ』『セブンフォートレス』などで既出の優れたシステムを再構築した印象があります。
それでも僕が『アルシャード』を選択したのは、その世界観に大いに魅了されたからです。
ファンタジー世界でありながら機械文明が共存しており、滅んだ神々の名称などには北欧神話のテイストが盛り込まれていました。
ゲーマーズフィールドの誌上で金澤尚子氏が「アルシャードを知らない人にFF7と説明する。」と述べていて笑いを誘っていましたが、馴染みやすい世界観というのはTRPGにおいてはルールと同じくらい重要な要素だと思います。
『指輪物語』でトールキン先生が中つ国を創造して以来、多くのデザイナーがオリジナルの世界を作り上げ、提供してくれました。クリン、フォーゴトンレルム、フォーセリア、ルナル、ハイデルランド、ラースフェリア、いずれも多くのファンを生み出し、僕も大いに異世界での冒険を楽しんだのですが、同時に多くの勉強も必要でした。
それぞれのデザイナーが生み出したオリジナルな名称の神々や都市、歴史等を覚え込んだ方が、よりゲームを楽しめましたから勉強はまったく苦にはならなかったのですが、すべてのユーザーがそこまで勉強熱心なわけではありません。
ゲームの最中に大体は「ファリス?あれ、ファラリス?どっちだっけ?」とか「あれって誰だっけ、闇の森の、え~~と、ヤズ、ヤズなんとかさん。」とか「ふんふん、なるほどね!(…闇の鎖って何のことだっけか?…まあ、いいか)」とか、知識の格差によるプレイヤーの温度差や、都度の説明による停滞が必ず発生するものです。必ずです!
しかし『アルシャード』の背景世界は、日本人のゲームユーザーには聞き馴染みのある単語が非常に多く組み込まれていて、自然と頭に入ってくるように作られています。
オリジナル感を出したいというクリエイターの欲求も当然あったことと思いますが、イラストも含めて分りやすさ、馴染みやすさを重視して作られていて、僕はただただ感心させられました。
TRPGの冬の時代と呼ばれた90年代後半ですが、状況を変化させたのは間違いなく『アルシャード』の登場です。
現に『アルシャード』は次々とサプリメント、リプレイが発売され、またスタンダードRPGとして後続のゲームにそのままシステムが引き継がれていき、TRPG市場を盛り上げました。
日本のTRPGシーンにおいて、とても大きな役割を果たした作品なんです。
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